@shimojizemi
九州大学下地理則ゼミ
1 year
方言学の勿体無いところは、「方言」を、およそ科学的とは思えない理由で標準語の従属物としてしか考えない傾向にあるところ。それが分析を曇らせ、発展の邪魔をさせている。逆に言えば、この慣習から自由になるだけで、一気に発展する。とある論文指導をしながら、ふと上記エピソードを思い出した。
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Replies

@shimojizemi
九州大学下地理則ゼミ
1 year
昔、大きな学会で伊良部のある現象の発表をした時、「方言なのに、なぜ標準語と比べずに(一足飛び越えて)他の言語との対照をしてわかりにくい感じにするのか」といわれたことがある。まだ学生だった私は、方言研究で生き残っていけるか不安だったけど、それを聞いて「これはいける!」と確信した。
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@enguelgue
『欧州周縁の言語マイノリティと東アジア』
1 year
@shimojizemi 下地さんが言うところの「《方言》と比定しておく言語を、それをかりそめにも従属させていることになっている標準語を飛び越えて世界の言語と対照させることのあたりまえさ」を、果たして《方言》という用語のままで、世間一般、そして大多数の言語学者自身が自明として受け入れられるかが、私の論点。
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@shimojizemi
九州大学下地理則ゼミ
1 year
@enguelgue そうですね。私は「方言」という言い方で括るのは自分ではしませんね。すべて単純にlect(ことば)でいいと思います。そしておっしゃる通り、それを言語学者自身が受け入れられるかどうかが問題で、そうではない現実があるので、用語として「方言」を使っているという現実があります。特に本土に関して
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@paella_dokusho
パエリア
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@shimojizemi 方言周圏論でいうと、より周縁にある方言と比較すれば現象の由来が理解できそうな気がしますが、実際にはもっとずっと複雑なのでしょうか?
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