【1992年冬 出会い】 神より才を賜った者は、いる。しかし、こんなに身近な場所にいるとは思わなかった。 学生にして、「かなで新人賞」受賞の栄誉に浴した傑物。今日は私とその彼が所属する、山田ゼミ主催の祝賀会に参加している。 彼の名は、波多野秋房。生まれは裕福らしく、容姿も、顔立ちは端麗で、服装も垢抜けている。その上、これだけの才能を持ちながらも、気取ったところがない。山田先生をはじめ、先輩、...

【2011年　有島の誕生日】 「今日はここまでにします。」 一部の生徒が、伸びをした。授業はいつもどおり、つつがなく終わった。今日が私の誕生日であることは、教室の黒板に書かれていた日付を見て気がついた。毎日、日直が書いているのだろう。私は知らぬ間に、どうやら４２歳になっていたようだ。それについて、特に感じることはなかった。お経のように定型句を唱え、機械のようにチョークで黒板を叩く変化のない暮...

2週間ぶり、小説版「白昼夢の青写真」の発売日である11月29日までは概ね隔週予定（あと2回！）、緒乃ワサビさんの配信感想です。 今回は霜降先生をお迎えしての配信。お痩せになられたこともそうですが、衣装の、ちょっとヨソ行きな感じの佇まいが新鮮ですネ！ さりげないおそろコーデ 最初はリバーシブル仕様の表紙の紹介。霜降先生の「こだわりポイント」としては、「すももが世を忍ぶ仮の姿である優等生の『いも...

【1999年 冬 有島】 昼間の明るさは、消え失せようとしていた。 小さな頃の私は、小説を読むことに対してだけは情熱溢れる子供だった。授業中であれ、帰宅後であれ、ご飯を食べながらであれ、そのあたり少し言い過ぎではあるけれど、とにかく小説ばかりを読んでいた。 紙の匂い、質感、めくる音。 愛おしかった。 幼い私には、小説だけが宝物だった。 何もない、何者でもない子供の頃の私には、「物語」が必要だ...

【同日　有島】 血潮が怒号を発した。 その衝動に委ね、荒ぶるままに喚き声をあげ、暴力行為に及んだことで、急に頭が冷えた。 冷静になり、祥子に「すまない。」とひとこと詫びた。 ひとまず大丈夫だと安心したのか、私の胴にしがみついていた祥子は腕をほどき、私に向き直るとその切れ長の目で私を睨めた。怒っているのは明らかだったが、一つ溜息をつくと、努めて穏やかに、半ばは呆れてという様子で「何があったの？...

11月29日の小説版「白昼夢の青写真」の発売までは概ね隔週予定（らしい）、おなじみ緒乃ワサビさんの配信感想です。 発売元レーベルとなるスニーカー文庫所属の編集者、というか同作の担当編集となるイナーバさんをゲストにお迎えしての配信回となりました。 事前公募で上手く投げられなかったやつ 前回の配信で、このたびの白昼夢のノベライズに関しては、結構色濃く編集者（イナーバさん）のかたの意向というか感性...

【1999年　祥子】 数年前の話だ。出版社に採用され、編集者となった日、上司に、とある工場に同行するように言われた。 連れられた先は、返本された書籍の裁断工場だった。大量の雑誌、小説、漫画の単行本等々が、躊躇も容赦もなく、次々と大型の裁断機によってバラバラにされていった。 これらの本に携わった人たちすべての思いを踏みにじるように。 立ちすくむより他になかった。 それでも轟音とともに、機械的に...